- profile
- 最近の記事
-
- ヨード欠乏症って知ってる?日本人は殆ど知らないよ! (04/26)
- 国際海藻シンポジュウム (04/24)
- 国立チョウタラ病院にて (04/24)
- 妊婦ヨード補給プロジェクト (04/24)
- 6年ぶりの感動の再会 (04/24)
- 関連書籍
- sponsored links
-
| 熱田画廊 | ネパールNGOネットワーク |

2007年3月から始った「妊婦ヨード補給プロジェクト」の実施現場;ヒマラヤ山ろくの国立チョウタラ病院での担当医との打ち合わせ(2007年1月)
この打ち合わせは国立チョウタラ病院ですが、つい一寸前にマウイストの武力攻撃で、殆ど建物、設備を破壊されたのです。
隣接している助産院は健在であるので、ここが産婦人科の診療の拠点になり、プロジェクトもここで実行されます。ここで60人の妊婦を選び、ヨードカプセルの投与をはじめるのです。
この地はチベット寄りの山岳地帯で、近くに国道も走っている昔からの要所であります。それでも、ベニー村ほどではないがヨード欠乏患者は散在しています。
文:熱田親憙(あつたちかよし)

ヨード補給のための昆布ミネラルカプセルを飲んで5年になるスリージャン君(12歳)が自力で立てるようになった。6年ぶりの感動の再会だった。(ネパール・チョウタラ村、2007年1月)
彼をいつも見守っているのが、後ろでかがんで居られるお母さんです。
お母さんの首にはマフラーのような腫れが)見えます。
ヨード欠乏症の証拠です。この欠乏症の方が出産をすると、率はひくいのですが、彼の場合、生まれながらにして歩行困難、聾唖に喘いでいたのです。
周りのものは「脳性マヒ」だといって諦めながらも、改善の道を求めていたようです。
そこへ私が6年前にあらわれたのです。運命の出会いになるのでしょうか。
文:熱田親憙(あつたちかよし)
2007.04.26 Thursday
ヨード欠乏症って知ってる?日本人は殆ど知らないよ!
●私は今、ネパールの風土病・ヨード欠乏症と戦っています。この病気は世界の内陸地帯に多く分布し、7億人の罹患者、17億人のリスク人口があると言われています。原因はヨードの不足による甲状腺の機能不完全で ホルモン(成長ホルモン)の分泌が不完全になるのです。頚部にコブのようなものができる「甲状腺腫」と心身の障害をきたすクレチン症に大別されます。日本でも昔は患者がおったようですが、今あは殆ど見当たらない。それは、日本人は毎日の食事に海藻による充分なヨードを摂取しているからです。紺屋の白ハカマというところでしょうか。
国連では、ユニセフが中心になってこの撲滅に躍起になって十数年になりますが、国別に大きな差、事情があり、全体として効果は遅々としています。世界的にポピュラーな対策は食塩にヨードを添加させる方法をとっています。でも、国によってそれぞれの文化があるように対策もそれぞれ違う方法があってもいいのではと思っています。(熱田)
国連では、ユニセフが中心になってこの撲滅に躍起になって十数年になりますが、国別に大きな差、事情があり、全体として効果は遅々としています。世界的にポピュラーな対策は食塩にヨードを添加させる方法をとっています。でも、国によってそれぞれの文化があるように対策もそれぞれ違う方法があってもいいのではと思っています。(熱田)
2007.04.24 Tuesday
国際海藻シンポジュウム
2007.04.24 Tuesday
国立チョウタラ病院にて

2007年3月から始った「妊婦ヨード補給プロジェクト」の実施現場;ヒマラヤ山ろくの国立チョウタラ病院での担当医との打ち合わせ(2007年1月)
この打ち合わせは国立チョウタラ病院ですが、つい一寸前にマウイストの武力攻撃で、殆ど建物、設備を破壊されたのです。
隣接している助産院は健在であるので、ここが産婦人科の診療の拠点になり、プロジェクトもここで実行されます。ここで60人の妊婦を選び、ヨードカプセルの投与をはじめるのです。
この地はチベット寄りの山岳地帯で、近くに国道も走っている昔からの要所であります。それでも、ベニー村ほどではないがヨード欠乏患者は散在しています。
文:熱田親憙(あつたちかよし)
2007.04.24 Tuesday
6年ぶりの感動の再会

ヨード補給のための昆布ミネラルカプセルを飲んで5年になるスリージャン君(12歳)が自力で立てるようになった。6年ぶりの感動の再会だった。(ネパール・チョウタラ村、2007年1月)
彼をいつも見守っているのが、後ろでかがんで居られるお母さんです。
お母さんの首にはマフラーのような腫れが)見えます。
ヨード欠乏症の証拠です。この欠乏症の方が出産をすると、率はひくいのですが、彼の場合、生まれながらにして歩行困難、聾唖に喘いでいたのです。
周りのものは「脳性マヒ」だといって諦めながらも、改善の道を求めていたようです。
そこへ私が6年前にあらわれたのです。運命の出会いになるのでしょうか。
文:熱田親憙(あつたちかよし)
2007.04.24 Tuesday
ネパール・チョウタラ村
2007.04.24 Tuesday
ネパール・ベニー村
| 1/1PAGES |







